H.T.様

4月になって、僕の大学受験がおわりました。

 

3月は憂鬱でした。1つめの大学には合格できず、TOCFLは何度うけても1年前から足踏みで、進階級から上に行けず。日本の大学を受験していた友人達は、4月からの進路が決まって、楽しそうに大学生活について話しています。自分だけが、行き先未定でした。

台湾留学をきめたのは、強い意志があったわけではありません。「これから英語は当然として、中国語が重要だよ」とかいう親の口車にのって、気楽な気持ちで中国語を勉強しはじめたことがきっかけでした。

その語学学校の同じクラスに、台湾に進学する、という人がいました。その人が、台湾進学するならと、PAPAGOを紹介してくれたのです。正直、その時点でも、日本の大学に進学するつもりで、「まあ、そういう選択もありか」くらいの軽い気持ちだったのです。

ところが、高校3年になって、気がつけば周囲はすっかり受験体制です。学校の授業の延長で日本の大学の受験勉強はしていたものの、狙っている大学に合格するには、相当頑張らないと無理。というか、多分無理という現実。2年の内に、TOCFL進階級に受かって自信をつけていたことも手伝って、おし、ここ台湾だ!と台湾大学受験をきめたのでした。

台湾の大学の受験では、学習計画書が必須です。いざ受験準備にはいったところで、はたと気がついたのが、自分が何を勉強したいのか、が決まらないことです。当然、学習計画書が書けません。書こうとしても書き出せない、なんとか書いても、「なんか違う」、「今ひとつだ」、という感じがして、悩む毎日がつづきました。あまりの書けなさに、真剣に、浪人してでも日本の大学を受験しようか、とも思いました。

PAPAGOの先生のサポートで、自分の考えをなんとかまとめ、書類を提出し、焦って思ったことの半分も話せなかった面接をへて、4月に合格の通知をいただきました。同じ時期に、ようやくTOCFL高階級の合格通知も届きました。

通ってた高校でも進路について考えろとは言われましたが、日本での進学なら、そこまで考える事は無かったように思います。それをみっちり考えた事は、それ自体に意味があったようにおもいます。そうやって書いた学習計画書がどこまで有効か分かりませんが、9月から勉強したい方向は決まりました。あとは、頑張って大学で勉強するだけです。

今になって思うと、行き先が決まらず、何をして良いかも分からなかった不安な時期に励ましていただいたこと、学習計画書を書き上げるために、何度も何度も書き直しに付き合って頂いたこと、そういったPAPAGOの方々のサポートが無ければ、ここは乗り越えられなかっただろう、と思います。ありがとうございました。